黒田征太郎と杣工房 その1

 イラストレイター・黒田征太郎さんは杣工房先代の友人。
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 2人の付き合いのきっかけは、黒田さんが司会を務めるテレビ番組に先代が出演し、黒田さんに「付知に遊びに来て下さい」と言ったら翌日黒田さんが付知まで来て下さったことからだと聞いた。
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 その後、先代の個展パンフレットの絵を描いて頂いたり、黒田さんの個展の絵の額を杣工房で作らせて頂いたり、大阪ミナミのビルに廃材の人形を2人でくくり付けたり、常に黒田さんは楽しい場所に先代を連れ出して下さり、また先代は黒田さんの誘いや頼みを断ることは一度も無かった。

 その後、黒田さんはアメリカに住まれ、ハガキに絵を描いたものが工房宛に届くようになった。文章はあまり無く、届いた絵は立体を意識したような風合いのものだった。 
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 2001/9/11にいわゆる「同時多発テロ」がアメリカで起きた時には、その模様や感じたままをハガキに描いて送って呉れ、ハガキはほぼ毎日、数十枚に及び、そのうちにコラージュを施したものやツイン・タワーをモチーフにしたものにはアメリカの郵便局員が消印で参加するようになり、僕らを驚かせたりもした。
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 ハガキの絵は段々と通常の立体を意識させる絵に戻っていったのだが、黒田さんの無言の問いかけに答える形だったのか、先代はイラストを木片に切り抜いて貯め込むようになった。
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 黒田さんはある年の夏に付知にみえて、半ズボン・裸足で木片に色を付け、絵を描いた。
様子を見に訪れるゲストが幾人か居たり、写真を撮って下さるカメラマンが同行されたり、数回数日をかけて黒田さんは絵を描き、先代や僕らは自分の仕事をし、一緒に休憩し、飯を食べ、話をした。
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 黒田さんと先代はこの「木のおもちゃ」を「どこかへだしたいなぁ、、」などと言ってはいたがそれほどの執着も見せず、いつしか倉庫にしまわれてしまい、そうしているうちに杣工房先代は亡くなり、黒田さんと出会う度に「あのおもちゃを気にしてるよ」という気持ちだけを確認し合うことになった。

        ---つづく---



 
# by t-h-arch | 2015-04-23 23:34 | 木工

遠くから友達が来る。

 SNSのメイルに「今日、居る?」と軽い感じの問い合わせ、差出人は大学時代の友人。

 「たっつぁん」は年上の同級生、学科も違うのに何故かよく飲んだりしてて、音楽に詳しかった彼にいつもおススメ音楽を訊いたり楽曲の蘊蓄を聞いていた。その指導はいつも的確で、自身の好きな音楽と僕の好みの接点を一瞬で探り当て繰り出して来る、言わば私設のまことに都合のいいディスク・ジョッキーだったので、jazz研の飲み会だろうが、ダンス部の部室だろうが、姿を見つければ声を掛け、雑談〜音楽話をしてもらったものだった。今日は大阪から郷里の信州に戻り、高校山岳部の同級と冬山スキーに行くのでその途中に寄った由。
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 何十年ぶりなのにちっともそんな気がしないのは昨今のインターネット上での付き合いのお陰か、美大時代からひと仕事終えた感のある現在まで、他の友人達の近況等交えながら一通り振り返る。

 昼飯は「とこわか」が臨時休業で「芝ヵ瀬食堂」へ、
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 「煮カツ定食」を食う「たっつあん」。

 工房に戻り、珈琲にうるさそうな友人の為に「美美」のコーヒー豆を挽いてドリップ。
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 「iphone増幅器」に興味があった「たっつぁん」に試聴してもらうも、音楽の指導者のiphoneの中の音楽は何が入っているのか気になって仕方無い。
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 ちょっとことわって中身を見せて貰うと、、、、なんだこりゃ、、?
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 勝新、、、って、、、、、?

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 気を取り直して他を探すと忘れていた音楽が出てくる出てくる、昔のFM番組、「クロスオーバー・イレブン」のメインテーマとエンディングテーマが入っていて、これには正直降参、増幅器で聞いて盛り上がる。

 
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 D.Jの〆の1曲は、クインシー・ジョーンズ+ジェームス・イングラムの「Just once」。
 イントロでもう気分は大昔、「どうせ、おまえは、チークタイムを待ってたクチだろう!」と、どストライクな指摘を受ける。

 帰りがけにたっつぁんの山道具を拝見、電力会社の作業員さんが鉄塔の監視に行く時に使うのと同じ型のテレマークスキー、かっこいい!!
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 国道19号で帰ると言うたっつぁんを見送り、楽曲リストを見直す。
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 差し詰めこれは復習テストか? またゆっくり会って、音楽を聴いて、飲んで、その時は「ひとりU.S.A for Africa」カラオケでよろしく!!


 
# by t-h-arch | 2015-02-12 17:42 | 日常

「柴田印刷」について。

 木版画をやっている女性が、工房を訪ねたいとのことでお迎えした。
 ひとことで「版画」と言っても多様だから、話を伺ってみると彼女の版画は「西洋木版画」のことだった。

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 「西洋木版」と言われているのは木の木口を版面に使った、昔の挿絵用の版木と理解している。
 昔、J.テニエルやM.C.エッシャーをイメージして細かな木版を彫ろうとしたことがあったが、残念ながら知識不足で普通の柾目板を使い細めの彫刻刀で彫ったので、当然のように挫折してしまった。
 その後、父に教わり木口を使った細かい図柄の版木を見ることがあり、エッチングの技法に似た彫り方をすることも知った。

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 版木には固く目の詰まった樹種、黄楊(つげ)を使うそうだ。 分類上、高木と言われてもそんなに大きな黄楊の木は見たことが無く、木口の面積は木の太さに準じるから、版木の大きさは限られる。大きなものを刷るには集成材を拵えて使うようだが、同じ黄楊を材に使う根付(ねつけ)よりも材積を食う割に仕入が難しそうだ。

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 彫る工具はエッチングのニードルとは少し違うビュラン(Burin)を使う、僕も彫刻刀の柄を長いもので据え、先っぽを胸のあたりで押しながら刃先に近い部分をコントロールして彫る癖があるが、ビュランはそのように両手を使い彫る。

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 さて、この木版画家・柴田さんは、当工房を訪ね、以前からの知己であった弟子宅に一泊し、同年輩の仲間達と痛飲しながら語る中で、自身を「印刷屋」と位置づけし木口木版を続けようと思い立ったらしい、帰京された日に来房のお礼の電話で「柴田印刷」として版画を刷る由ご挨拶があった。

 そもそもが活字とは別に、挿絵を印刷する為にあった木口木版を、これからどう使って貰うのかを考えるのは楽しい、印章や家紋などはもちろん、名刺や蔵書カード、小さな紙片に印刷を施したい時にそれに特別な価値を加えたいのなら、木口木版画はぴったりだと思う。
 木口木版の印刷にはそれなりの技術が必要だから印刷までを請け負うも良し、少し器用な人であれば自身での印刷も可能だから版木を渡して刷って貰うのも良し、体験会などを開けばさらに楽しいのではないだろうか。

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 この小さな画を刷って、何分の何枚とナンバリングをし、額に入れて展示し作品として売るのもいいだろう。
 だが、最初にこの技法から生まれたものを見た時、何か心を動かされてそれに向かったとしたら、それはもしかしたらこの技法が生まれて、この技法で作られて、この技法で出来たものが使われた、その過程の「用」から生まれた美しさではないだろうか。

 印刷店が刷る印刷にナンバリングは要らない、「柴田印刷」という版画への向き合い方は、僕にとっては何か安心できる、ごく自然な方法であるように思えたことだった。

 
# by t-h-arch | 2015-02-07 18:32 | 木工

10年ぶりの茶杓。

 弟子が桜餅をつくってくれた。 最近、世話になったひと、知り合ったひとへ持ってゆくのだという。 配達から戻ったら一服点てようと言うと、了解して出て行った。

 お茶の用意、割れ盆はご愛嬌。
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 茶杓は、割り損ないの割り箸のようだ。
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 が、これには訳があって、それが今日の一服をお膳立てしている。

 弟子が入店したての頃、製陶を営む実家の窯での展示会で、母上がお客様をもてなす茶菓に桜餅をつくったのだと言って、その材料をお裾分けしてもらい、桜餅を作ってきた。
 せっかくだから一服やろうと僕は湯を沸かし、兄弟子は割れ盆を用意をして、杣工房先代に声をかけると、準備の景色を一目見て、先代は階下の工作場へ降り、松の杓を数分で削って来た。
 当時、先代は旧い師である故・黒田辰秋氏の遺材を引取った銘木店からの紹介で、その遺材を使い、松や欅の小木工を作っていた。この時は枯れた肥松で盆を掘って居て、木取りをした切れ端を茶杓に削ってきたのだった。
 場所にも慣れない、工具にも慣れない孫弟子が、せめて茶菓を捻ってきたことに対する嬉しさを、自身が即興で茶道具を削ることで表現したのだろう、茶を掬うどころか、付着する茶が勿体ない程の荒れた肌合いの茶杓であったが、皆でそのフォルムを講評し、先代が銘をつけて弟子に茶菓の礼に贈呈したのは憶えているが、銘は忘れてしまった。確か、師弟関係をあらわす言葉だったと思うが定かでない。

 今日、正直僕は半ば忘れていて、この杓を弟子が持って来ているとは思いもしなかったのだが、10年ぶり程にその茶杓を拝見し、また弟子の桜餅を食べることになった。
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 あいかわらず荒いままの杓。
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 弟子の茶を僕が点てる。
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 弟子の手前。
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 弟子が入店する際、女性の弟子を断ろうとする僕に、入店させるようすすめたのは先代だった。
 性別に関わり無く人柄を見たのかどうかは判らない、僕に叱られ、怒鳴られする弟子に、幾ばくか責任を感じていたのか、桜餅の駄茶会の時の先代は本当に嬉しそうで、偶然の重なりが茶の時を生むのだと僕の弟子達に熱っぽく話していたのを思い出す。

 忘れたことに気付くと、やたらと銘が何だったかが気になり出した、師・黒田の遺材のそのまた残りを、息子の弟子のご褒美の為に使う、というようなことだったが、なんだったっけ?
 当の弟子本人は「まぁ、今の姿を謙之輔さんにみてもらいたいですねぇー」などと陽気に言い、一服は終了となった。
 
# by t-h-arch | 2014-04-12 23:46 | 日常

MOKスクール御一行来房。

 建築家・三澤康彦さんが杣工房に突然いらしたのは数週前、案内は僕の高校の同級で三澤さんが関わっていた「岐阜県立森林文化アカデミー」の聴講生だった熊澤くん。
 先代のことを何かでご存知だった三澤さんが、栗の木をお好きなことは雑誌等で知っていたが、来房され、倉庫や土場で栗の木の乾燥方法や製材のことを話すうちに三澤さんの主宰される「MOKスクール」御一行をここへ連れて来て、そういった話をしようということになった。

 当日、あいにくの雨の中、観光バスで30人弱のメンバーが来られる。狭い工房は満員。
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 テーマは絞って「栗の木を使う」だったので、まずは何故栗の木に傾倒するようになったかを先代や僕の経歴も含め手身近に話す。
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 次は加工について、当工房数10年の伝統の飛び道具「豆鉋」コレクションや、これも当工房の看板工具「洋銑」や「和銑」などを幾人かの人に使ってもらい、栗の木に合う、プリミティブなそして繊細な仕上方法を見てもらう。
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 土場に場所を移して、原木を見る。 原木放置の乾燥法はすでに何度か述べていることだが、雑木のみならず、建築用材でも活用出来ることを説明する。
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 先日の続き、三澤さんからも急所を突いた質問が飛ぶ。三澤さんとのやり取りを聞いて居られた方々の真剣さにも驚く。
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 そして最後に、栗の木で建てた「すや西木」を見学、時期もあり、満員の店内での説明、後は個々の眼に任せるとして、栗好きの三澤さんに各所を見て頂きたくて案内する。
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 製材を見損ね、先代と苦笑いした板で作った長椅子のセットに座る三澤さん。
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 三澤さんの熱意に惹かれ、微力でもと思い案内をさせて頂いたが、スクールの皆さんの熱心さや興味の巾広さに、その熱意の及ぶ広大さや、大きな思いやりを感じ、ただただ僕も一緒に勉強させて頂いた数時間でした。 
 三澤先生、そしてスクールの皆さん、ありがとうございました。
 また是非、何度でも、ゆっくりお話したいです。
# by T-H-ARCH | 2012-11-12 23:50 | 建築