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鎌屋来訪。

 越前から行商に見えていた鎌屋さん、近年掛売りを止め、来訪日を決めて帰らないなどと商売をたたんでゆく準備にはいっていたが、久しぶりに来られた。
 
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 鎌屋さん(我々は方言訛りで「鎌屋さ」と呼ぶ)の本名は若泉さん、ここのところ新聞などにも書かれていた沖縄核密約に関するキーマンの一人若泉敬さんは近い親戚に当る。
 以前から若泉敬さんのことは鎌屋さと話していたが、最近の報道と鎌屋が語る若泉敬さんの人柄に若干のズレを感じていたのでその話になる。
 鎌屋さは若泉敬さんの中に、自分達行商人のアイデンティティーと重なるものを見つけようとしていた。旧くは漆を採集する出稼ぎ仕事で地方に散っていた郷里の人々が、いつしか郷土の特産の鎌を行商するようになったのが、鎌屋さのルーツである。外へ外へという精神の元を探る鎌屋さの研究は、杣工房先代が自身の父親の台湾への転出の意図を探った「田査子・東木(たふけ・とうもく)」という私家版著書を僕が読み解く時期と重なり、鎌屋さと工房で遅くまで色々を語り合ったものだった。

 若泉敬さんの行動と行商人である鎌屋さの行動は一見かけ離れたものだが、その奥にある精神では似て非なる物がある。鎌屋さの商売の方法への拘泥と、敬さんの沖縄返還後の自問の日々への過程には、現在失われつつあるものがたくさん含まれているように感じる。

 つい先日、弟子1号とシュリーマンの「清国・日本」について話していて、我々は日本人としてどうだろうという話になった。 僕が日韓ワールドカップサッカーの頃に、「勝てなくても、シュリーマンが見たような日本人であればそれはそれでいいのではないか」と当時のブログに書いたら手ひどく批評を受けたことを話すと「当時はそうだったでしょうね」と笑って聞いていた。

 シュリーマンが見た日本人にまだ近いひととの繋がりにどうしようもなく魅力を感じるのは、それが希少になっているからだと思う。僕は身近なところで鎌屋さ(若泉敬さんを含めて)にそれを感じることができたが、それも鎌屋さとの長い付き合いでできたもの、若い頃は何故、父親が行商の鎌屋さから日常品までもを買うのか理解出来ない(近場で安く買えるのに)と思っていた。

 さて、享受するばかりでなくこの感覚は自分も誰かに伝えていかなければいけない。その義務感にかられ、何かをしようとする時、言動に現れるのは、これもまた自分の親方やお世話になった先輩方に口やかましく言われたことばかりだった。伝えていくということはこういうことなのか。

 鎌屋さの風貌をここに載せておきたい。ご本人は「そんなことを、、」と怒られるだろうが。
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 以前は鎌屋さと話すのは僕だけだったが、最近は弟子達も交えて話すことも多い。鎌屋さの帰りがけに弟子達も戻って来て再度1Fの工房で、生まれて初めて買った乗用車の話などをする。
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by t-h-arch | 2010-03-29 21:35 | 工具

「彫刻」と「工芸」

 昨日お邪魔した展示会のディスカッションの中で、気になったことがあったので別に書いてみる。
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 主催者・松井勅尚さんが展示のテーマである『彫刻と工芸の間で』ということについて触れて居られた中で「工芸的な、、と言う表現は彫刻界ではネガティブな(批判的な)言葉だと捉えられている」と言ってみえた。
 松井さんの言葉の中に、「それだけではいけないのではないか」という問いかけが含まれているように感じたので、今回のコラボレイトにはその辺りの意味合いも有るのかなと思ってみた。
 確かに、彫刻家の作品を見るに、特に年齢の若い人の作品で、工芸的なものを否定することはおろか、安直なコンセプトのもとに、そこいらへんのものを幼稚な技術でくっつけた印象を受けるものが多かった。自らの感覚を自由自在に具現する手段である技術が稚拙なままで、素材への理解も希薄なままで、「口で表現」しなければ収まらない立体作品の方がよほどネガティブに感じられたのは僕だけでは無いと思う。
 逆に馬渕さんの作品は見るだけで圧倒されたし、同じ素材を扱っている自分から見れば、とてつも無い集中力、知識の集積が含まれていることを感じさせられた。庄司さんの作品にも日本の木工というジャンルの黎明期から 長年 木工に心血を注がれた結果を、丁寧な細工や 素材への愛着から生まれる形に 見て取ることが出来た。

 工芸的であるかどうか以前に、安直な製作姿勢を語るべきであろう、それは製作をとりまく環境にも問題があるように思える。
 彫刻は本来、彫り刻むことだ。素材や具象・抽象にかかわらず、手間をかけて素材を変形させ形を作る、それだけのことだ。それがいつの間にか、現代美術の台頭とあいまって、ちょこちょことくっつけたり並べたりしただけの、ワケのワカラナイものに題名を付ければ作品になってしまうという世界に一部が変わってしまった。
 日常の些細なことや自然の一瞬の動きの美しさと、人為的な刹那主義は別物である。人為的なものに「安直さ」が与えることのできるものは、ちっぽけな平等感(誰にでも出来るという)くらいのものであろう。
 安直な誰にでも出来るものが尊ばれるわけが無く、安直な世界での評価でその価値が決められていくのだ。

 馬渕・庄司両氏の作品と自分の作品との比較を怠り、我々の世界は違うのだから、といった姿勢が、若い作家の方から伺えたのはまさに前述の空虚な思想の現れであろう。
 大切なのは自分が何を表現したいかということであって、表現の手段を磨かずしてどうやって表現ができるのだろうか。言い換えれば自分の指を、手を、思い通りに動かさずしてどうやって思ったものが作れるのだろうか。自分を表現する為の素材を深く見つめないでどうやって素材に自分を込めることが出来るだろうか。
 工芸的という言葉を狭量な価値観で使うよりも、工芸の中に学ぶべきところを見いだせたら、、というのが松井さんの意図するところであったかどうかは判らないが、テーマの問いかけに対して、若い作家の方々はどう感じられたのだろうか。

 経済の問題を等閑にしているという馬渕さんの再度に渡る指摘が、ほとんど意識されていなかったたことも残念だった。それは彫刻作家の方々のほとんどが学校の先生をして居られることも一つの原因かもしれない。If you can't,then you teach it.の格言通りでは困るのだが、それも致し方ないことかも知れない。

 少し毒を吐き過ぎたが、年代の少し違うおふたりの先輩が作り出しているものに対しての、若い世代の向き合い方が、甘すぎるのではないかという印象を強く受けたので、ここに書いた。
 読んで頂いた方からのご意見も伺いたく思う。      --2010/3/29改稿---
by t-h-arch | 2010-03-28 09:10 | 木工

岐阜へ。

 久しぶりに岐阜へ。 早出をして朝マック、シナモンなんたらが甘くて目が覚める。
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 まずは元浜町の(株)櫻井銘木店へ。
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 御紹介頂いた仕事の経過報告と、今後の向きのご相談。土手の桜もほころびかけ。


 桜井さんご夫妻に、近くに出来た商業施設へ案内して頂く。
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 銘木コーナーは桜井さんの仕切られた品が並ぶ。
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 施設内のパン屋さんの喫茶で昼食。ラザニアのセット。
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 スープのセット。
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 櫻井銘木店に戻り、最近御里帰りした栗の板を見る。
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 このところ見かけない筋のいい栗だ。
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 お客さんがみえたので、お暇しようとすると、その方は杣工房先代を桜井さんに紹介して下さった方だった。ご挨拶し礼を述べる。
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 長良西野前にある「馬渕たんす資料館」へ。
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 はがきでご案内頂いていたのは、「和の造形」と題された、「はこ」をテーマにした彫刻・工芸の展示。馬渕たんす資料館は、その建物だけでも見ておく価値があると以前から勧められていたが、なかなか行く機会に恵まれず、今回は館主・馬渕弘美さんや、高山の庄司修さんらが出品されるとのことで、やっと行くことが出来た。
 和室座敷に点々と展示がなされていて、作り手の方が説明して下さるところに丁度伺った。
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 馬渕さんの寄木の箱は素晴らしい仕事だったし、馬渕さんの言葉にとても力づけられる思いだった。庄司さんには本当に久しぶりにお会いしたが、また接点が出来、遊びにくるようにも言って頂いた。木工の黎明期を知る世代の言葉には学ぶべきところが多く、おいしい水をごくごくと飲むような体に沁み入る爽快感がある。
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 偶然いらした、杣工房映像・録音担当・堀江さんにもお目にかかることが出来た。
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 堀江さんとランデブーで市街に入り、高校時代の友人と出会う。チャイで一服、同世代と生活の話などをしているとリアルさが戻って来て心地よい。
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 再会の約束をして帰路へ。今日は言葉の少なかった弟子2号と展示や、会った人のことなどを話しながら帰る。
by t-h-arch | 2010-03-28 08:06 | 木工

焼き鳥

 甥っ子に外でBBQをしたいと言われていたので、焼き鳥を焼くべく、同級生のまこちゃんの店「田内鶏肉店」に焼き鳥セットを頼んでおいた。
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 外は風が強く、寒い。外で焼いてやるから家の中で食べろと言ったが、子供たちは聞く訳が無い。
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 焼いてる景色はこんな感じ。弟子2号も参戦し、古ストーブで暖房係。
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 アップでもいっちょ。
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 この他に生アスパラやパプリカを焼く。アスパラ旨し!

 風が止んで来たと思ったら、空から白いものが、、、あれ、雪かぁ、、。
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 雪にもメゲず、焚き火を楽しむ弟子2号+娘チーム。女の子組の方が元気だ。
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 最後になぜか焼きそば。BBQの残り火は意外と火力が強く、火力を必要とする焼きそばにはもってこい。普通のウスターソースだけでおいしく、お祭り屋台の味が再現出来る。
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 これを鉄板から直接アツアツで食べるのがコツ。最後は僕とヨメと弟子2号で鉄板に額を寄せ合ってすすった。

 同級生のプロが肉を捌き、串を打ってくれ、炭火で焼けばこんなにおいしいものは無い。
 値段もすこぶる値打ちなのだが、あまり宣伝し過ぎてもナニなので割愛。甥っ子もこんなにおいしい焼き鳥は食べたことが無いと喜んでいた。
 ちなみにすべて、塩と胡椒(少し)だけです、充分旨い、タレなど要らない。
by t-h-arch | 2010-03-22 07:43 | 日常

おはぎ(かいもち)

 お彼岸で、甥っ子も来ているので、家人は張り切っておはぎをつくる。
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 以前、「いもかいもち」の日記でおはぎを「かいもち」というと書いたが、語源は「粥餅」か、米(餅米で無い)を使って作ると「かいもち」になるというのが僕の意見。
 うちのおはぎは「おはぎ」という感じ、僕にとっての「かいもち」は少し違う。その「かいもち」が届いた。持って来て下さったのは近所の兄様、ここの家の「かいもち」を子供の頃から頂いては食べていた。小豆は砂糖を少なく、塩を効かせてほっこり炊いてあり、米の部分に対してのせる量が少ない。
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 「いもかいもち」はいわゆる「かてめし」の一種であろう、米が貴重であった時代、何かを混ぜて量を増して食べていた名残を感じる。 
 この塩餡のかいもちも、限られた砂糖や小豆を大切に食べる姿勢、出来る限り美味しく食べようとするバランスが残っていて、何よりそのバランスがすこぶる旨い。

 砂糖たっぷりのアンコをどっさり載せたおはぎも美味しいには違いないが、見た目の豊かさを追い過ぎてはいないか。 この「かいもち」のバランスの中に、状況と直面する力やそれにどう対処するか、その結果どうなるか、実直な物事への向き合い方があふれている気がしてならない。
 それがこの「かいもち」の美味しさなのだろうと思う。
by t-h-arch | 2010-03-21 23:14 | 日常

見学。

 広葉樹の構造材の施工例を見に、施主と「すや」へ。施主である旅館若主人は迎えに行くと、見学先への手土産に手製の「卵焼き」を包んで持って出て来た。
 あいにくと、到着直前ですや主人の自動車とすれ違い、手土産は店員さんに預けて店内を見学させて貰う。 お客さんの切れ目に店の仕切りの大襖のふすま絵を見せてもらう。
 
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 ふすま絵は黒田征太郎氏による。営業中にあっという間に描き上げられたことを懐かしく思い出す。
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 今日は名物「そばがきぜんざい」を食べようと言って来たので、甘味処「榧」に移動。
 ここのそばがきは絶品、御得意のこしあんと相まって絶妙な味わいだ。
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 施主氏もご満足の様子。
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 お店の御馳走になってしまい、恐縮したが、ちょうど帰ってみえた社長にお礼を言い、施主を紹介しておいとまする。

 自宅へ戻ると、神奈川から甥っ子が来ていて、晩ご飯は甥っ子のリクエストで料理旅館のうなぎ。
 前回、食べてしまってから写真を撮って不評をかったので、今回はきちんと。
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 そして、おまけは「卵焼き」おいしかったです!
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by t-h-arch | 2010-03-19 21:25 | 建築

遊具修繕。

 母校(母園?)である幼稚園の遊具の補修を頼まれる。 遊具を納入した業者に補修見積りを依頼したところ、とてもそんなには、、という金額を提示されたらしく、近場の工務店に、ということで、弟子1号が出向く。
 遊具の検査に引っかかり「使用禁止」の札が架かっている遊具、そこにあるのに使えないというのは園児たちにとっては誠にムゴい話。
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 見た所、と言うか、使ってみても表面劣化があるだけで、構造上それほどには見えないのだが、これは腐っている!と思われたのだろう。木製屋根の一部が劣化していただけでも「使用禁止」。
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 お役所というところは一度言ったら、撤回は意地でもしない風潮が強いので、そりゃ手入れするに越したことは無いということで部材を新しく取り替える。
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 取り替えた材は足場丸太用の檜丸太。仕事は延べ2人工ほど、とてもン十万もかからない。
 こういった、補助金対象の物品はいかにも補助金分を 買う側が得して、売る側が値引いているような錯覚の上に取引されている気がする。定価、上代が日常とかけ離れているのも特徴だ。

 当園の理事長は言葉の端々で「幼児教育にかけるもので惜しむ物は無いに等しい」と言い続けて来られた人物、僕もその言葉と行動に感銘を受け、この園に携わっている。その裏側で何とも納得のいかない事柄が平然とまかり通っているのはいかにも無念なことだ。
 幼児教育をビジネスと割り切って行って居られる方もみえるが、入園し、あっという間に卒園する子供たちの成長振りに、思わず驚き、目頭が熱くなるとき、本当に惜しい物は無いと思う。
 そこで金儲けをしたり、教育上よくない行いを平然としようとは夢にも思わない。
by t-h-arch | 2010-03-16 20:51 | 木工

座敷で一杯。

 出入りの建材屋店主からのお誘いで、料理旅館「上見屋(あげみや)」に。
 鍋料理の材料は雉子と鴨、それぞれ猟の獲物とのこと。

 まず雉子。綺麗な身は見るだけでも旨そうだ。
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 そして鴨。
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 具の野菜。
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 鍋では肉もさることながら、野菜が旨い。

 名物の漬物が出て来た所で、それぞれの肉と漬物を焼いて食べる。
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 ここらへんまでは男が黙って飲むビールを飲んでいたが、この後冷酒に移る。

 そして〆は、雉子ご飯に雉子の出しをかけたもの、旨い!
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 それからお土産用のおにぎり。
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 若いひとに誘ってもらい、トラディショナルな宴席で、とても快適でした、ありがとう。
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by t-h-arch | 2010-03-13 20:53 | 日常

ヤマハ・ポスト・カブ?

 ガソリンスタンドへ寄ると、すてきなバイクが、、。
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 ヤマハの新聞配達用の90ccバイク。昔は郵便配達の赤いカブは民間人には手に入らない代物だった。現在はバイク屋さんで手に入れることが出来る。
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 ちょっとした林道行きや、茸採りには最適か、遠心クラッチや小径の前輪タイヤはかなり使える。

 昔のヤマハ・ミニトレGT50を持っていたが、使い易さはどっこいどっこい、店主に飽きたら譲ってくれとお願いし、写真を撮らせてもらい工房に帰る。
by t-h-arch | 2010-03-12 22:00 | 日常

分葱と筍。

 今朝、お客さんから分葱と筍を届けて頂いた。弟子にもお裾分けして残りが昼のおかず。

 分葱は鰹節と混ぜてご飯にかけ、残りを茹でて酢みそで、筍はアクだしをせず味噌汁に。
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 葱は臭いものだし、筍はアクの強いもの。だが、新鮮なのと旬の走りなので、どちらもそれを感じさせないフレッシュ感が勝る。
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 御馳走をいただきました、これからの時期が楽しみだなぁ。
by t-h-arch | 2010-03-08 19:02 | 日常