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うどん屋と煙突取り付けと薪ストーブ設置

 去年竣工した某邸に薪ストーブを置くことは設計時から決まっていたのだが、諸般の事情で延び延びになっていた。昨年の冬の寒さに耐え、この春にストーブ本体を購入し、いよいよ寒くなったので設置の運びとなった。
 内土間が広くとってあるのでストーブはそこに置くべしで、煙突を屋根の出来るだけ棟に近い位置に貫通させることにして、天井に穴を開け防火対策をし、そこから屋根の穴の位置を決め板金屋根に煙突の直径一杯の穴を開け水切りを折り曲げて午前中終了。
 お昼は施主氏が岩村にあるうどん屋「みつば」に連れて行って呉れる。ここの看板の材は我が工房の提供による。レタリング、彫刻は施主氏。
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 「たらいうどん」絶妙!うまい、うどん粉の味がする!
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 「しみしみおでん」ちょっと食べたかったなー。
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 午后一番に貫通部分の煙突を填め、煙突トップも付ける。トップを填めるのは施主氏。
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 それから室内の煙突を填め、ストーブに取り付ける。
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 室内の煙突〜天井貫通部分はこんな感じ。
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 ストーブは大井製作所の「Macky」、薪ストーブとアラン・マッキーを掛けたか?
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 屋根から上はそんなに出てないのだが、風対策にSUS針金で控えをとる。貫通部分は屋根板金を立ち上げて曲げ、耐火シールがしてある。
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 室内の煙突の固定。サドルアームで梁に固定する施主氏と弟子2号。
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 設置終了、施主氏が火入れを行う。すぐ暖かくなる。お茶を飲みながらストーブのある雰囲気に浸る。
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 薪ストーブがもたらす精神的な豊かさはそのイニシャルコストやラニングコストを遥かに越えるものだと思う。煙突の手入れや薪の準備は辛い労働だが、その対価は他では味わえないもので確実に自身に還ってくる。
 料理好きな施主氏と奥さん、人の出入りの多いこの家にとって素晴らしい道具が加わったことを僕らも嬉しく思った。 因にこのストーブ、大変値打ちなものだと思う。我が工房イチオシの製品です。
by t-h-arch | 2009-10-30 23:30 | 建築

箒屋

 仕事が終わりかけた夕刻、階下から「箒屋さんが見えましたけど」との声。降りて行くと目つきのスルドイ初老の男性が立っている。以前伺ったことがあると言われるが記憶に無い、よく聞けば箒は毎年売れる物では無いので2、3年に一度づつ廻っているとのこと、ここ2、3回は来ても留守だった、その前は先代が独り居て、自分はもう隠居の身で工房や備品のことは息子に任せていてその息子は留守だ、と言ったらしい。片手用の座敷箒の束を持ったおじさんをとりあえず招き入れる。
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 僕は箒が好きで、仕事に使う箒にはそれなりの拘泥がある。工事現場でも床の養生を取り払った後や畳を敷いてしまった後はナイロン毛の箒を使うのに抵抗があり、使い古しの座敷箒を使っている。自宅は旧い和室2間続きがあり、縁側が廻っているので掃き出したい放題で、ヨメは長柄の座敷箒を重用している。電気掃除機より埃が舞わないというのが彼女の説でもあり上掛けの絨毯なども箒で掃いてしまう。下職さんの中でも竣工近くなって現場に入る職人さん(建具屋、畳屋、経師屋など)は座敷箒を携えて現場にやってくる人が多い。
 この箒屋さんの箒は掃いてみるととても具合が良いので幾本かを譲ってもらうことにする。
 
 縢っていないのはその場で編んでくれるらしく、椅子に座って編み始めるおじさん。
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 リズムよく慣れた手つきで編むのは見ていて気持ちがいい。
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 完成品、毛が長く、しなり具合とまとまりかたが良い。
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 おじさんは2代目だが、息子さんは箒屋を継いでいないのだそうだ。自身で箒木(ほうきぎ=ほうき草)を栽培し、値段によって多種の箒を作りやってこられたが、その技術や知恵が次代に伝わることは無い。 和室の需要が減り、電気掃除機が普及し、ハタキを使ったり雑巾を絞ったり出来ない人が増えている昨今、当たり前の事かも知れないが何となく寂しいことではある。
 いい道具だと思うけどなぁ。
by t-h-arch | 2009-10-27 22:30 | 道具

井戸蓋

 先だっての日記に書いた井戸蓋を設置した。井戸を使うおばさん達の評価はおおむね良し(まだ評価頂けてない人も居るので)。

 井戸は昔の谷の流れ際にあるので、かなり坂を下りてゆくことになる。
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 奥のブロック積みの壁はもともと無く、そこを谷が流れていた。大水になると井戸は谷の流れと同化していたものだった。ブロックが積まれたけれど、谷の水位が井戸より高くなっている訳では無く、ただ土砂災害を防ぐ為壁が作られたということ。お陰で擂り鉢の底のような場所になってしまった。

 井戸の上段と水神様。夏の間、滔々と流れていた上段はもう枯れている。
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 下段と排水溝。下段の取水パイプからの水ももう細い。
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 排水溝から件の井戸蓋の設置場所である排水升。
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 排水升付近。井戸蓋はすでに使われた味を出しつつある。
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 井戸蓋のアップ。石の配置を変えて掃除したら、石口を拾ったラインが変わってしまった。位置も使う人により、移動しているようだ。
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 ずっと以前から、こうした、ただ使う為の木工を好きだなぁと思っていた。生活の道具としての木工に惹かれる気持ちは今も変わらない。
 今、生活用具としての木工には、何だか現代美術的なアート臭さが漂ってきている。手間のかかっていないものにアートや言葉(文章)で装飾をして手間賃を上げようとしているものには胡散臭さがつきまとい、ロング・セラーを生み出すことが皆無に等しいと感じる。
 道具は使う為のもので、それだけに必要十分条件の見極めはとても大切だと思う。
 言葉を替えれば、道具を作るにはある種、「潔さ」のようなものが肝心なのではないかと井戸蓋を設置して思ったことだった。
by t-h-arch | 2009-10-23 22:04 | 木工

京都へ

 京都、五条のカフェ「efish」が今年10周年を迎えるという。
 efishのオーナー、西堀晋氏は大学時代の同級で在学4年のうち3年を同じ下宿で過ごした友人。 僕と入れ違いのタイミングで京都にやってきたので、深夜の京の街を一緒に闊歩はできなかったが、もし、していたら多分とんでもないことになっていただろう。
 淡路の木工家、アトリエKIKA店主、北島庸行氏は西堀と同学科卒、デザインの世界を巡った後に、木工を始めるきっかけに我が工房先代に1年限りの弟子入りをした。その北島(通称「北さん」)から連絡があり自分も出かけるつもりだと聞いたので僕も行くことにする。

 いつ来ても懐かしい京都に入り、僕の親方宅に挨拶とお参り(故人だから)に寄る。工作場にも立寄り懐かしい先輩方の顔を久しぶりに拝む。その後、北さんと合流し、北さんの近作である四条河原町の「ミナ・ベルホネン」というショップのドア、什器(一部)を見に案内してもらう。ドアはかなりの力作、北さんの熱の篭った制作に感心する。大きな手の中に包み込み、ゆっくりやさしく捏ね上げてゆくような物作りは相変わらずで、その雰囲気が作品からじんわりと伝わってくる。
 どこかで腹ごしらえをということで、北さんが「うどんが喰いたい」というので、それならと祇園の「権兵衛」まで歩く。  僕らが大学を出、就職した時、知り合いの中で関西に就職したものは数えるほどだった。西堀もそうだし、北島もそう。 僕は小僧に入ったので、遊びもままならず、割と孤独に暮らしていたが、就職したての5月か6月頃に北さんが京都を訪ねてくれた。その時一緒にうどんを喰ったのが「権兵衛」。喰ったことの無いうどんを喰おうということで、「しっぽく」とか「のっぺ」という名前のうどんを喰い、都落ちしたもの同士で近況を語り合った。

 懐かしい店で「釜揚げうどん」を食べる北さん。
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 木屋町を高瀬川沿いに歩き、efishにつくと大勢のお客さん、京都時代の同門や京都在住の元弟子なども集まっている。もう一人西堀達のクラスメイト、マッチも来ていた。

 高速バスで来たので、一人だけ飲んで調子が上がってるマッチ。
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 中に入れず、通りでタムロはefishのお約束。北さんと後ろは同輩の彼女と元弟子。
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 催しは「スメリー・ショー」スメリーって知らなかったけど、「空耳アワー」みたいな語呂合わせでスライドショーに合わせて歌うひと。西堀のスライド写真の時、「ダンナ、ウインドウズ嫌い」とか言ってた。
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 帰り際に西堀と記念撮影。 それを写す元弟子。
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 帰路につく前に、翌日の日曜は朝5時起床で学校に行かなければならないのに、僕が体調不良だったので急遽運転手で同行してくれた弟子2号をねぎらうべく北山の「doji house」へ。フレッシュジュースとケーキで帰り道の燃料補給。

 ベリー・ベリー・ジュース(シナモン入り!)とフレッシュ・パイン・ジュース。目が覚める!
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 マッシュ・スイートポテト・ケーキ、アイス付き。
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 チョコレート・ケーキ
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 我が工房に出入りの方はご存知だが、もちろんケーキ類は二つとも弟子2号用である。ご満悦の表情。
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 付知着は翌1時頃、途中霧がすごかった。
by t-h-arch | 2009-10-18 07:40 | 日常

井戸蓋の木取り

 工房横を流れる水路はそのまま自宅横まで流れ、付知川に合流する。工房の辺りは護岸され水路という感じだが、自宅下あたりでは谷川の風情が戻る。
 その護岸の終わりかけの辺りに昔からの共同井戸がある。井戸といっても所謂「井戸端」のような汲上げ式の井戸では無く、伏流水が岩壁から流れ出してくる「横井戸」である。支流が本流に注ぐ辺りなのだから、地形的には三角州であるはずだが、自宅近辺は岩山で水路の流れも大きく湾曲していて、そんな地形を「横井戸の出やすい地形」と昔の井戸掘りは言っていたらしい。
 自宅の井戸は本流の河川区域がつくる崖の中腹に沁み出た水を取っている。共同井戸とは水脈が違うらしく、自宅の井戸は年中枯れることは無いが、共同井戸は冬の間は水量が減る。水量が減る毎に水を使う人は幾段かある洗い場の下へ下へと移ることになる。毎年、最終水が残るのは最後の排水升の部分、ここに半分簀の子を掛け升にかがみ込んで水を使うことになる。洗濯をすすぎ、野菜を洗い、スイカや麦茶の薬缶を冷やすのはほとんどがお年寄りになってしまった。
 バァさんに「井戸蓋が壊れとるから、あんた作りなさい」と言われたので、件の簀の子を見てみると、この冬は持たないなぁという感じ。時間が少しあったので木取りだけでもしておくことにする。
 水がかりの場所に置くものなので、栗で作ってみようと思い、陽割れが起きている板を出す。
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 ブラシをかけてみるとこんな感じ。
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 丸鋸で断ち出す。
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 巾を見ると、偶然3、4、5、6寸となったので、そういう木割りで簀の子の天板を取る。
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 プレナーを掛けて、水拭きして一服。
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 一服後、鉋で仕上げて本日は終了。先日手入れが悪いと指摘しておいた弟子の鉋を出せとオドし、調子を見る。栗を削るには充分だったので及第点を付けておく。
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 鉋銘は「赤富士」、ロングセラーの良品である。僕のモデルに比べて新しいこのモデルは、少し地金が金色がかっていて格好が良い。
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 台入れは「台米」、ここの樫を使ったら他所の樫は使えない。台米の台を仕事に就きたてから使っている弟子は据え使いの鉋を手に入れて治して使ってみて愕然としていた。反りに一定の基準があり、削る樹種や、仕上げかそうでないのかを変える時などはとても治しやすく、重宝している。

 井戸蓋の簀の子は現場で廻りの石積みに合わせてジグソーで切らなくてはいけないので、設置は後日、使われる皆さんの合格を頂いてから、完成写真と共同井戸の風景を日記にのせたいと思う。
by t-h-arch | 2009-10-13 22:15 | 木工

友人宅へ

 いつもコメントを呉れる、同級生の「かぁくん」が、近所にある実家に来ると言うので夜伺うことに。
 かぁくんは昔から工作や調理が上手だったが、彼のブログを覗くと40歳過ぎてますます拍車がかかっている様子は空恐ろしくもある程だ。  
 かぁくんのブログ http://dameoyadinoboyaki.blog.so-net.ne.jp/

 かぁくんはウイスキーを飲むので、サントリーの「山崎」を持参したが、居間のテーブルにはもっといいサケが置いてあった。
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 昔から料理上手なお母さんがつまみを用意していてくれ、一緒に話す。
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 豆乳で作ったコンニャク(?!)博多の「おきゅうと」のような感じで酒にいける。
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 がんもどき 味付けが絶妙! ウイスキーにはこういうのもいいのよ、流石おかあちゃん!
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 ちょっとつもる話もあったので、2人になってゆっくりと話したが、やはりハックルベリーは昔のまま、会話ははずみ、時間は早く過ぎる。

 お母さんが戻って来られたので見ると、いい匂いのするパンが。
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 ジャガイモのパン、もっちりしていて酒の後に旨い。サイズも小降りで食べ過ぎない。
 子供の頃、何故あんなに腹が減るのかと思う位、夕方になるとお腹がすいていた。かぁくんちに来ると、お母さんのパンがあってシキシマやヤマザキのパンしか通常食べられない僕らは口の中を涎で一杯にしながらここのパンを頂いたものだった。幸せな子供の頃の記憶は決して消えない。

 2人して氷も無しに(途中お姉様が僕らの食道を心配してチェイサーを運んで下さったが)結構な量を飲んでしまったので、パンをお土産に頂き、フラフラと歩いて帰る。
 楽しい晩だったぁー。
by t-h-arch | 2009-10-10 07:25 | 日常

勾配定規

 件の金物屋で見つけた勾配定規。
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 水平器が付いている所がミソ。
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 改築工事やちょっとした補修の際に実測で既存屋根の勾配が測れるのがいい。
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 こういう道具は見た目も格好が良くてついつい買ってしまう。在庫豊富ですが、どなたかいかがでしょうか。
by t-h-arch | 2009-10-09 23:20 | 道具

台風一過

 伊勢湾台風に匹敵すると、前評判の高かった台風18号。この辺りは台風の中心付近が通過したが、平野部と違い大規模な被害は無かった。
 夜半、風が強くなり、明け方には最も強くなり、何かが落ちたり倒れたりする音を聞きながらうつらうつら眠っていた。
 
 朝、外へ出ると庭は一面落ち葉の絨毯状態。
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 栗の木の大きな枝や、南京櫨の上の方の幹が折れている。
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 南京櫨は自動車の上には落ちてくれなかったものの、道路を塞いでしまっているので、早速切り刻み片付ける。
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 新築中の建物や、お客さん宅にはさしたる被害もなく、ボロ倉庫のトタンが少し飛んだり、第二工場が落ち葉だらけになった程度で助かった。

 第二工場の掃除が終わり、一服していると虹が架かる。

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 台風一過の秋晴れにしばし眺める。
by t-h-arch | 2009-10-08 22:10 | 日常

田中千香士音楽祭 その2

 加子母明治座の「田中千香士音楽祭」に行く。
 今年は田中先生が亡くなって初めての明治座クラシックコンサート、例年のようにリハーサルを見に行き、田中先生と少し話して、などという前置きも今年は無く、なんとなく落ち着かない気分で夕刻出かける。
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 明治座は毎度の佇まい、先に来ていた友人と毎度の席に陣取り、開演を待つ。
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 指揮台を象徴的に照らす照明の演出に少しチクリとくる。
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 演目はロッシーニの「ウィリアム・テル序曲」、ベートーヴェンの「2番」、「3番」。

演目の前に田中先生を追悼するバッハのアリアの演奏がある。田中千香士編曲によるアリアは江藤さんが亡くなった年の第1回「ちかしオーケストラコンサート」で聞き、第2回で田中先生の為の演奏を聞き、今回が3回目。「G線上のアリア」をただポピュラーなクラシック楽曲と感じていた頃と比べ、全く違う楽曲になってしまったことをしみじみ感じる。
 豊嶋さんの長ーい弓がこれでもかと伸び続けるのを見ていると、気持ちの込もり方を感じ、じんときてしまう。

 ベートーヴェンは2曲の楽曲の世代的な違いがくっきりと判り、とても意味のある構成だと感じた。3番の前に休憩があったが、休憩に入る前に、金管の依田さん、杉木先生、そして豊嶋さんがそれぞれ田中先生のことを話された。
 明治座コンサートに限らず、田中先生は御自身の仕事である音楽のことを始終考えて居られた。そして次世代に音楽の楽しさ、素晴らしさを伝えることにとても力を注いで居られたように思う。僕は音楽を聞く側だったが、先生の思いに導かれて、音楽をしている田中先生と一緒に過ごすことが楽し過ぎて、この10数年慣れないクラシック音楽を聞き続けた。先生が亡くなっても聞き続けるだろうし、木の話、車の話、食べ物の話をしていても、田中千香士という人の感性を想いだし楽しい思いに耽ることが出来る。他のジャンルの音楽の話をしていても「田中千香士さんならこう言うよ」とか車の話をしていて「田中先生はこうでさあ、、」と話し続けるだろう。そうして続いていくのだと思う。
 先生はよく、「現在のクラシック音楽を取り巻く環境は良くない」と言っておられた。
 「たいすけくん、大工だってそうでしょ、作りたい家を一生懸命作ってるのと、作りたくない家を何かやだなあって作ってるのじゃ天と地ほど違うじゃない。」「この時期にこれを!ってのと、えー、こんな時にこれかぁってのもあるでしょ」「音楽だってね、これをやらなきゃ!とかこれをやりたいんだ!ってんじゃなきゃ、やってても面白くないし人には伝わらないんだよね」 そのまま、建築や木工の世界に通じる言葉を聞き、僕も何とか少しでもと思い、日常での手掛かりを少しずつ先生に伝えられるようになりかけた矢先に先生は居なくなってしまった。
 3人の方もその喪失感を語られたが、それと同時に先生が「とても貴重な通過点となりうるコンサート」と称された明治座のコンサートを続けていこうという気持ちも伝わってきた。「英雄」の前に各氏のお話を聞くことができ、休憩時間も晴れ晴れとした気持ちで過ごせたのだった。
 そして「英雄」、1時間近い大曲もすーっと終わってしまったような感じ、今日この日のこの演奏を楽しむことができたように思う。
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 アンコールはクライスラーの「ベートーベンの主題によるロンディーノ」。先生はベートーヴェン好きだったなぁ、粋な選曲だなぁ、などと思いながら聞く。

 終了後、杉木先生と何故か物置で話をしていて、昨晩皆さんで田中先生を偲んで豪飲された話を伺う。その時飲まれた酒の空き瓶がこれ。
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 やるなぁ、、。
by t-h-arch | 2009-10-04 22:30 | 音楽

お月見

 夜の予定が仕事の都合でキャンセルになったので、家に帰るとお月見の準備が出来ていた。
 写真がないけど、二月堂にすすきを生けた花瓶と団子が置いてある。
 まずは外に椅子を持ち出し、外灯や家の灯りを消して月を眺める。
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 バァさんや子供たちは始終歌を歌っているようなノーテンキな暮らしをしているので、ネタが尽きるまで月関連の歌を歌う。バァさんの持ち唄は旧く時代遅れなのだが、子供達がそれを憶えてしまっているので、なんだか懐かしの昭和歌謡のようなレトロな歌がえんえん続く。
 少し寒くなり、皆団子の心配をし始めたので、家に入る。

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 右がバァさんがつくった普通の団子。何もかもバァさんのつくるものは大振りだ。真ん中はヨメのつくった変な団子。花見団子みたいなのを作ろうとして失敗したらしいが、これが坊主のお眼鏡に適い、意外と人気商品となる。左は娘が絞った栗きんとん。今年は栗が豊作で栗ごはんや栗赤飯などを堪能し、ご近所にもお使い頂いているが、きんとんも自宅の栗で絞ると素朴なしみじみとした味になる。
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 お月見の頃の道具には文具が使われる。硯や水滴、文鎮などが多いが、お月見茶会用の硯セットを作りかけで何年も放置しているのを思い出し、来年こそはと思う。
by t-h-arch | 2009-10-03 22:10 | 日常