カテゴリ:工具( 6 )

形見の鉋。

 形見の鉋、と言っても僕の物では無く、友人の父親が遺したもの。
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 預かったものだが、自分の父親が亡くなったこともあり、手つかずで置いてあった。

 最近、友人は本業外に木の加工をするようになり、やっと手入れをする気になった。
 まずは錆取り、ゆっくり手入れをしようと思う。
by t-h-arch | 2012-06-08 23:12 | 工具

ホゾ取り機。

 新しい(と言っても中古ですが)ホゾ取り機が届く。
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 この機械は工夫次第でかなり多用途の使い方が出来る。工房には100V仕様の可搬機もあるのだがこれは動力仕様。

 譲ってくれたのは近所の鍛冶屋さん「丸川鉄工」さん。フォークリフトで工場から工場へ直接納品。
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 200V機のチップソーは新品に換装済み、100V機はモーターブラシなどの部品を注文してオーバーホールの準備中。
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 こういう旧い手動に近い機械が一番使い易かったりする。オプション部品は追々取付けていくことにして、まずは塀の刻み。
by t-h-arch | 2012-06-07 23:50 | 工具

剣魂。

 新潟・与板の鉋鍛冶、碓氷健吾さんが亡くなった。
 碓氷さんという方は、そのお人柄と、研究の深さからくる重く且つ明解な言葉で自身の作を表現される人だったと思う。 あまり新潟の道具にご縁が無い僕だが、平成の初め頃、スーパー鋼の意味も余り判らないままお借りした、「◯月」(◯が不明、確かこんな銘だったと思う)という鉋の切れ味に驚き、碓氷さんの名前が刻み込まれた憶えがある。
 その後、新潟詣でをしていた先輩達と碓氷さんと問屋さんの間で何かしら行き違いがあり、僕も御縁を失い、お借りしていた鉋もそのどさくさでどこかにいってしまい、最初に買って、手入れしようとしていた「剣魂」という銘の鉋だけが手元に残った。
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 ごく最近になって、ある木工とは関係の無い方から、「あなたと同じようなことを言っているひとがいるよ」と教えられて、2.3人のブログや論文を見て、そこからまたたどり着いた複数の場所で、僕が長年暖めていた刃物の手入れの方法を裏付けてくれる言葉に出会うことになった。
 僕が暖めていた方法の大本を作って呉れた一人が碓氷さんであり、感謝をもって追悼したい。
 ご指導ありがとうございました、練り歯磨き、懲りずに使っています。
by t-h-arch | 2012-03-31 07:12 | 工具

毛引きの刃。

 物置で探し物をしていたら、毛引きの刃がでてきた。
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 おおまかに分けてみると、5種類くらいある、長いのは機械鉋の毛引きか。
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 左上の刃のアップ。
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 右上の刃のアップ。
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 左下の刃のアップ。
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 中下の刃のアップ。
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 右下の刃のアップ。
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 いずれも刃の厚みは現在出回っているものと同等程度、小さいものほど薄くなっている。
 
 小僧の頃はヒマに任せて毛引きを作ったり、毛引きの刃と鎹(かすがい)で鏝鑿(こてのみ)型の印刀などを作ったものだった。毛引きの刃は先輩が分けて呉れた。

 
 僕のひいひい爺さんが使っていた毛引き。
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 ボディだけのは持ってみると、手にしっくり来るように作られている。
 簡素な方は、刃が釘で代用してある、それも2枚毛引き。
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 簡素な感じのいい加減な毛引きは10丁以上ある。それぞれに定規寸法が違うのは寸法決め打ちで寸目を変えなかったからと思われる。 釘で代用された刃は、それでも砥がれて居り、多分ヤスリで砥いだのではという形跡が見られる。台が樫や桜で出来ているところは好感が持てる。
 片木板(へぎいた:割って作られた板)や薄い板、経木などを大きめの毛引きで巾を決めて割る作業も昔はよく見かけたが、使われていた毛引きの刃には、切り出し小刀くらいのものもあったと憶えている。

 写真が無いが、毛引きの刃の代わりに鉛筆が入るようにしたものも意外と便利である。
 墨付けの時の、欠き取り側を赤鉛筆や青鉛筆でつけて間違い防止をしたり、小穴のシャクリ忘れがないようにラインを入れておくなど、印としての機能はかなり間に合う。

 名古屋の台米の割毛引きは固定ネジに工夫があって、大変使い良いが、最近ではよく使う寸法に固定してしまいがちになっている。 固定型で新たに毛引きを作ってみようか、9ミリ、12ミリなど側面から追い易い寸法なら使い勝手があると思うが、どうだろうか。

 おまけは一緒に出て来た、旧いエポキシ・ボンド。 これは「ボンド」と呼んでいい品、小西儀助商店製だ。 
 常温で硬化するのに12〜18時間、値段は¥100- と書いてある。
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by t-h-arch | 2011-02-06 17:24 | 工具

鎌屋来訪。

 越前から行商に見えていた鎌屋さん、近年掛売りを止め、来訪日を決めて帰らないなどと商売をたたんでゆく準備にはいっていたが、久しぶりに来られた。
 
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 鎌屋さん(我々は方言訛りで「鎌屋さ」と呼ぶ)の本名は若泉さん、ここのところ新聞などにも書かれていた沖縄核密約に関するキーマンの一人若泉敬さんは近い親戚に当る。
 以前から若泉敬さんのことは鎌屋さと話していたが、最近の報道と鎌屋が語る若泉敬さんの人柄に若干のズレを感じていたのでその話になる。
 鎌屋さは若泉敬さんの中に、自分達行商人のアイデンティティーと重なるものを見つけようとしていた。旧くは漆を採集する出稼ぎ仕事で地方に散っていた郷里の人々が、いつしか郷土の特産の鎌を行商するようになったのが、鎌屋さのルーツである。外へ外へという精神の元を探る鎌屋さの研究は、杣工房先代が自身の父親の台湾への転出の意図を探った「田査子・東木(たふけ・とうもく)」という私家版著書を僕が読み解く時期と重なり、鎌屋さと工房で遅くまで色々を語り合ったものだった。

 若泉敬さんの行動と行商人である鎌屋さの行動は一見かけ離れたものだが、その奥にある精神では似て非なる物がある。鎌屋さの商売の方法への拘泥と、敬さんの沖縄返還後の自問の日々への過程には、現在失われつつあるものがたくさん含まれているように感じる。

 つい先日、弟子1号とシュリーマンの「清国・日本」について話していて、我々は日本人としてどうだろうという話になった。 僕が日韓ワールドカップサッカーの頃に、「勝てなくても、シュリーマンが見たような日本人であればそれはそれでいいのではないか」と当時のブログに書いたら手ひどく批評を受けたことを話すと「当時はそうだったでしょうね」と笑って聞いていた。

 シュリーマンが見た日本人にまだ近いひととの繋がりにどうしようもなく魅力を感じるのは、それが希少になっているからだと思う。僕は身近なところで鎌屋さ(若泉敬さんを含めて)にそれを感じることができたが、それも鎌屋さとの長い付き合いでできたもの、若い頃は何故、父親が行商の鎌屋さから日常品までもを買うのか理解出来ない(近場で安く買えるのに)と思っていた。

 さて、享受するばかりでなくこの感覚は自分も誰かに伝えていかなければいけない。その義務感にかられ、何かをしようとする時、言動に現れるのは、これもまた自分の親方やお世話になった先輩方に口やかましく言われたことばかりだった。伝えていくということはこういうことなのか。

 鎌屋さの風貌をここに載せておきたい。ご本人は「そんなことを、、」と怒られるだろうが。
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 以前は鎌屋さと話すのは僕だけだったが、最近は弟子達も交えて話すことも多い。鎌屋さの帰りがけに弟子達も戻って来て再度1Fの工房で、生まれて初めて買った乗用車の話などをする。
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by t-h-arch | 2010-03-29 21:35 | 工具

机?カート?

 僕が入学する年に新校舎になったが、それ以前の中学校で使われていた机。材料は楢。
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 この辺りの旧い家具には楢がよく使われている。僕の住む所から山脈を一つ東に越えると、楢沢という地名もあり、この付近でも以前は大径の楢が産出されていたと聞いた。
 楢の魅力は、荒々しさとか、無垢という表現にぴったりなソリッド感だとか、見た目からも感じる、重々しさだと思うが、旧いものにはそれに増して落ち着きがある。
 これは学校の机だから、サイズもコンパクトで、部品の分止まりも悪くは無い。天板下のもの入れ部分の側板も底板も楢で、底板は厚さ5ミリほどか、大量生産ゆえに薄板の乾燥もまとめて木取ってある様子、どこで作られたものだろう。筋交いやキャスターはこうして作業台として使う為に付けたもの。
よくこれの上で筆記ができたなぁと思う程、粗い天板だが、こうして使うには充分である。
 今、これと全く同じものを作るとなるととても難しいだろうなぁ。
by t-h-arch | 2009-06-19 23:45 | 工具